特許をめぐる攻防

 テレビドラマ「下町ロケット ゴースト」で、トランスミッションの開発を行うベンチャー企業のギアゴースト社が、特許侵害で競合会社から損害賠償請求を受けるという話があった。このドラマを見ていて、私が会社に所属していた頃、同じように競合他社から特許侵害の警告を受けたことを思い出した。15年以上経過し、問題となった特許の存続期間も既に過ぎているため、この件について話をしたいと思う。

 昔のことだがよく覚えている。その時、私は出張で自社の中国工場に来ていた。会議中、部下から電話がかかって来た。部下は、慌てた様子で競合メーカーから特許侵害の警告文が来たと伝えてきた。一通り話を聞いたが複雑な特許のようだった。

 日本に帰り、関係する技術者、知的財産担当者、知的財産担当顧問と対策を練った。競合他社からの通知は、「第〇〇〇号の当社特許を知っていますか?」という穏やかな表現のレターだった。しかし、その裏にあるのは、ある顧客向けに納入している当社製品がその会社の特許を侵害している可能性があるという警告だ。いきなり製造販売の差し止め請求や損害賠償請求をして来ることは稀だ。レターを送ってきたのは、有名な大メーカーだった。

 最初にしたことは、まず特許明細書を読み込むことだった。特許明細書の文章は独特で、慣れない者が読むと内容を把握するのが難しく、クレーム範囲を正確に捉えることができない。その特許のクレームは、複数の数値を組み合わせた所謂パラメータ特許で、侵害の有無を判断するには自社製品を細かく計測しなければならなかった。製品毎、生産ロット毎のばらつきも含めて、侵害の有無を確認しなければならなかったので、大変な作業量だった。「下町ロケット」のように多くの技術者がこの対応に関わらなければならなかった。調査の結論としては、グレーだった。すべての製品が特許クレームの範囲に入る訳ではないが、製品のばらつきの中で侵害する製品ができてしまうことが分かった。

 特許を無効にする為、公知資料の調査を行ったが、クレームが数値の組合せで成っていることから公知資料を見つけるのは難しかった。このままでは、特許侵害になってしまう可能性があったので、私達は次の二つの方策を進めることにした。

 一つ目の対応は、ばらつきも含めて製品すべてが特許クレームの範囲外になるよう生産をすることだった。この対応は既に市場に流通している製品に対しては無力だが、今後量産される製品を非侵害のものにして、生産継続に対するリスクを減らすことができる。仕様変更はもちろん4M変更も顧客の承認が必要になるので、できれば加工の管理幅を狭めるだけで、4M変更せずに生産を継続したかった。4M変更申請を顧客に出せば、その際に変更理由を説明する必要がある。顧客が、特許係争品が納入されていることを知れば、供給面の不安から別の会社に相当品を求める可能性があった。4M変更せず生産を継続するには、加工の管理幅を狭くするしかない。管理コストが上がるが、仕方がないと考えた。

 二つ目は先使用権立証の準備をすることだった。先使用権とは、平たく言うと他社の特許権の範囲内の製品であっても、その特許の出願日以前から現在まで継続して製造販売している場合、同製品を今後も継続して製造販売する権利があるということだ。実は、特許侵害の可能性を指摘された製品と同等の構成の製品を別の顧客向けに先に量産していたのだ。生産数量は、侵害の可能性を指摘された顧客向けの製品に比べるとはるかに少なかったが、量産していたことは間違いなかった。先使用権が認められるには、特許出願日よりも前から特許技術を用いた製品を製造販売していたことを証明する必要があった。私達はその製品の顧客図面、議事録、仕様書、注文書、納品書等をかき集めた。その製品の生産開始と問題特許の出願は、ほぼ同時期だったが、先使用権は生産準備段階から認められるので、確実に先使用権を主張できると私達は判断した。先使用権が証明されれば、その証拠を使って相手の特許を潰すことができる可能性さえ出てくる。相手方からすれば、私達の会社と下手に争って自社特許を潰されてはたまらない。特許が存続する限り、他の競合メーカーに対しては依然としてその特許は有効なのだから。

 結局、特許侵害を警告してきた競合会社とは和解ということになった。先使用権の主張が和解の内容に大きく影響したことは言うまでもない。

 最初に競合会社からレターが来て、決着するまでに数カ月掛かった。厳しい作業だったが、私達技術者にとっては大変勉強になる出来事だった。特許の重要性と危険性を再認識できたことはもちろんであるが、資料の保存管理の重要性を認識できたこと、侵害の警告を受けた際の対応の仕方等得るものは多かった。

 特許侵害の警告は自然災害と同じでいつ降りかかって来るか分からない。「いままで他社から警告を受けなかったから今後も大丈夫だ」などということは絶対ない。警告が来たから対応するのではなく、その可能性を常に考えていることが必要だ。自然災害と違って、特許侵害の警告は事業者が日頃から自社製品を守る備えをしておけば、その可能性を極力小さくすることができる。また、先使用権の準備を日頃からしておくことで、他社から特許侵害の警告を受けても事業を継続できる可能性が高まるのだ。

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