技術士試験と技術コンサルタント

 今回は技術士試験について話をしたい。とは言っても、技術士試験の内容や難易度の話ではない。私がなぜ技術士試験を受け、技術コンサルタントの道に進んだかについてだ。

 技術コンサルタントになる前、私は事務機器部品メーカーの開発部門でずっと働いていた。私の仕事は材料技術に伴う部品開発で、フッ素樹脂やシリコーン系の材料、ポリイミドなど特殊な材料を扱っていた。開発した製品の量産立ち上げやクレーム発生の際は、ほとんど休みが取れず大変なことも多かったが、新しい技術や材料に接する機会が多く、やりがいのある仕事だった。

 30代後半になり、若い者が多い職場にあってベテラン技術者になっていた。その頃、私の会社では知的財産部門に顧問を置いていた。その顧問は、特許に関する本なども出している特許コンサルタントの草分け的な人だった。技術部門と知的財産部門は密接な関係にあるので、当然のようにその顧問とよく話をするようになった。そんなある日、顧問と二人で夕食を一緒にする機会があった。

 食事を終え、別れ際に突然顧問が、
「あなた、将来どうするつもり?」と聞いてきた。
「どうするって、どういうことですか?」
「この先、今の会社でどうなりたいかっていうことを聞いているのですよ」
「このまま技術の現場で働きたいと思っています」私は深く考えず、反射的に答えた。
 顧問は怒ったように、
「いつまでも技術の現場にいることはできないんだよ。40、50過ぎて技術の現場で働き続けることなんかできないよ!」
と、まくし立てた。
 私は黙っていた。確かにその通りかもしれない。しかし、そこまで深くは考えず、希望を込めて答えただけなのだ。
 顧問は続けた。
「あなた、会社員でしょ。会社員だったら社長を目指すべきだ。その気がないなら会社なんかやめた方がいい」
 なぜ突然このようなことを言われなければならないのだろう。会社員が必ず社長になる目標を持たなくともよいではないか。不条理さを感じたが黙っていた。
 顧問はちょっと口調を和らげて、
「でも、ずっと技術の現場から離れないでいられる方法がある。それは、技術コンサルタントになることです。でも技術コンサルタントになるには、技術士の資格を取った方がいい」
と、言った。

 技術士という資格があることは知っていたが、どのような資格なのか、資格を取ったら何ができるのかは知らなかった。この時、初めて「技術士」という資格を意識した。しかし、すぐに技術士の試験を受けてみようとか、技術コンサルタントになりたいとかは全く思わなかった。このようなことがあっても、自分の中では特に気持ちの変化がないまま時間が経過した。 そんなある日、インターネットで調べものをしていると、技術士試験に関する記事が目に入った。少し読んでみると、その年の技術士試験は、7年の実務経験があれば1次試験なしで2次試験を受けられる最後の年になるということを知った。

 私は、日頃から自分の技術者としての実力を知りたいと思っていた。社内ではベテランの技術者になっていたので、社内の技術者と自分を比べても意味がない。客観的に自分の実力を知りたかった。技術士2次試験は難しいと聞いていたので、自分の技術者としての実力を測るには良いかもしれない。「技術士試験受けてみようかな」私の心の中にそんな思いが芽生えた。技術士試験が技術者の実力すべてを客観的に測るとは言い難いが、一つの目安にはなるだろう。

 2次試験の勉強はしないことにした。試験勉強したら、今の自分の実力は測れない。何の準備もしないまま2次試験に臨んだ。会場は早稲田大学だった。残暑厳しい中、一日中試験問題に向き合った。記述問題が多いので、試験時間中ほとんど書き続ける過酷な試験だった。 試験問題は全く歯が立たない感じではなかったが、試験範囲が広かった。設問にはすべて答えたが曖昧に記憶していた用語も多く、そのような問題は断片的な知識を組合せ、繋がらない部分は推測で何とか記述した。

 結局、二次試験は不合格だった。いかに自分が、技術者としていろいろな技術用語や専門用語を分かったつもりになって、曖昧なままにしてきたのかを思い知らされた。その日から仕事の中で分からない用語が出てきたらそのままにせず、必ず調べるようになった。更にその頃から自分の専門を強く意識するようになった。会社の外に出ても専門家と言える領域を持ちたいと思うようになった。

 しかし、技術士試験はもう受けまいと思った。理由は単純だった。1次試験から受けたくなかったからだ。1次試験は学生に近い方が有利だと思い込んでいたのだ。今更、学生時代の勉強はしたくなかった。

 しばらく技術士試験のことは忘れていた。しかし、4、5年してもう一度技術士試験を受けてみようという気になった。不合格のまま放っておくことが負い目のような気がして、心の片隅にずっと引っ掛かっていたのだ。

 今度は1次試験から受け、二度目の2次試験で合格した。口頭試験に向けた技術士法の勉強以外、今回も2次試験の勉強は特にしなかったが、日々の仕事が2次試験の勉強の場になっていたようだ。  

 2次試験に合格したものの、すぐに技術士登録はしなかった。役員への就任や会社合併などがあって、慌ただしく時間が過ぎた。技術の現場との距離が遠くなり、少しずつ独立を意識するようになった。2次試験に合格して5、6年ほど経った頃、技術士登録した。

 それからしばらくして、あるきっかけで、会社を辞めることを決意した。会社にはその年の8月31日まで籍があったので、開業日を9月1日にした。しばらく休んでから開業しようという気持ちは、全く湧かなかった。

 独立してちょうど7年経った。この間、仕事がほとんどない時期や逆に忙しくて1か月間ほとんど休みが取れないような時期もあった。技術コンサルタントとして自分が成功したのか失敗したのか、あるいはそのどちらかの途上にあるのかは、分からない。一つだけ言えることは、独立して良かったということだ。さまざまな技術に触れる機会が増えたこと。世の中の役に立っていると常に意識できること。心の自由を感じること。良かったと思える理由はたくさんある。

 業務独占権がないため、技術士の資格は難しい割に役に立たないと言われることがある。確かに技術士の資格があるからと言って仕事が保証されるわけではない。しかし、どのような資格を持っていようが何の努力もせず仕事が入ることはない。業務独占権がないということは、仕事に対する選択肢がそれだけ広いということだ。 私は技術士試験を受けたことで自分の未熟さを知り、自分の専門分野を意識するきっかけとなった。技術士の資格をとっていなかったら技術コンサルタントの道を歩むことはなかっただろう。技術士試験と技術士資格は、役に立つどころか、私自身の人生を大きく転換させてくれたのだ。