特許をめぐる攻防2
私が会社に所属している頃に特許侵害の警告を受けたことがあることを別の記事「特許をめぐる攻防」で記述したが、中小企業の多くはそのような経験がないようだ。と言うのも、以前INPIT(独立行政法人工業所有権情報・研修館)が中小企業向けに主催した知財セミナーに参加した際、次のようなことがあったからだ。
そのセミナーは、中小企業が海外展開するに当たって知的財産上のトラブルに対応するための方法をケーススタディで学んでいくというものだった。グループごとに事例に対して意見を出し合う進め方で、全員が発言する活発なセミナーだった。ある事例の時、講師が実際の事業を進めていく中で他社から知的財産侵害の警告を受けたことがあるかどうかセミナー参加者全員に尋ねた。40人近くいた参加者の中で手を挙げたのは、私一人だった。私のように中小企業を支援する側の参加者もいたが、参加者の多くは中小企業から来ていた。これだけの人数がいて私しかその様な経験をした者がいないのは少し意外だったが、おそらくは実体を反映しているのだろう。世の中の多くの中小企業は、これまで他社から知的財産に関する侵害の警告を受けたことがないのだろう。
警告というはっきりした形ではなく、知らない間に他社の知的財産を侵害している可能性はどの会社にも起こりえる。そこで今回は、特許侵害の警告を受ける以前に、自社製品が競合会社の公開特許のクレームの範囲内であることを自ら見つけた時の対応について話をしたいと思う。
私が会社に所属している頃、部下から問題のある公開特許を見つけたと知らされたことがある。自社の一部の製品がその公開広報に記載されているクレームの範囲内にあると言うのだ。その公開特許は、競合企業が出願したもので、数値限定の特許だった。そのクレームに含まれる自社製品は、当時力を入れていた製品の一つで複数の顧客向けに量産しており、その製品に関わる技術の特許出願も行っていた。それにも拘わらず、自社製品が包含されるクレームで他社に特許出願されてしまったのだ。公開公報の内容を読み込んだが、特許成立した場合には潰すのは難しそうに感じられた。
迂闊だったと言えばその通りだが、当時は知的財産に対する意識も知識も不足していた。自社の事業を知的財産の面から守るという考えが不足しており、技術の一面的な部分の特許出願しかしていなかった。特許ポートフォリオ構築の考え方がなかったのだ。単純な製品であっても、様々な角度から特許出願をすることができるが、私達はそれを怠っていた。
競合会社の公開特許は、その時点で登録されている訳ではなかったが、今後、審査請求され特許登録されるという前提で私達は対策案を練った。すぐに競合会社から何らかの警告を受ける可能性は低く、時間的な余裕はあった。
協議の結果、次の準備をすることにした。
①問題となっている公開特許を無効にする資料を集めること。
公知資料として主なものは、特許公報と学会誌等に掲載されている論文である。問題の公開公報に記載された技術と一致する公知資料があれば良いが、必ずしも一致しない資料でも良かった。公知資料の組合せからその発明が容易に導き出されるようなことが分かれば良いのだ。私達は少しでも関連のある資料を集め、ファイリングして保管した。
②クロスライセンスの持ち駒を増やすための特許出願
クロスライセンスを目的とした特許出願を行うと言う意味ではなく、競合会社が同じ事業に力を入れているならば、競争力を高めて有利な状況で戦わなければならない。緻密な特許出願を行っておくことで、その分野の事業展開を有利に進めるとともに、競合他社にとっても邪魔な特許が出てくる可能性があるはずだ。そのような特許はクロスライセンスの持ち駒になる。
③先使用権立証の証拠資料の準備
既に、量産されていた製品なので、その公開特許の出願日以前から生産準備をしていたことが分かる客観的な資料を揃える必要があった。顧客と取り交わした納入仕様書、図面、注文書、納品書の控え、量産設備の導入の際の設備発注書の控え、設備仕様書などをかき集めた。
④特許回避の技術開発
単純にクレームの範囲外のものを作るだけではなく、より高性能のものを目指して開発を進めた。結果的には、他社のクレームの範囲外で従来よりも高性能のものが開発でき、そちらが私たちの会社の主力製品となった。
問題となった公開特許は、その後審査請求され権利範囲を縮小して特許登録されたが、現在は消滅している。
本件は、私達が競合会社の公開広報に気が付かなければ、何事もなく過ぎ去った事案かもしれない。しかし、それはただ単に運が良かっただけのことだ。相手側が気付くかどうか、気付いた時に警告を発するかどうかは、すべて相手側に掛かっていた。私たちの会社は、この部分については全くコントロールできない。しかし、このケースのように事前に対応を取っていれば、仮に相手から特許侵害の警告を受けたとしても慌てる必要はない。準備は全てできており、充分に勝算があったからだ。
公開段階から危険な特許に目を付けておくというのは、中小企業から見ると難しいことのように思われるかもしれない。日々公開広報を読み込み、危険と感じる公開特許をマークするという作業に負担を感じるからだ。しかし、関連する分野の公開広報に目を通すことを日課にしてしまえば、大した作業量ではなく、それほど負担にはならない。警告を受けてから対応する方がはるかに大変で、対応策が限られる状況になっている場合が多い。事業を継続するという目的の前には大変そうだからという言い訳は意味のないことである。